2019年6月16日 日曜日
親が支払った学費の差額、相続でバランスをとることは可能??
「お兄さんは海外留学の費用を親に出してもらったけれど、私は、地元の国立大学出であまり親に負担をかけていない。それなのに、相続の際、法定相続に従って親の財産を均等に分けるのは不公平だ。」これに類する思いを持っている方は少なくないと思われます。
高等教育以上の教育を受けるにあたり、海外へ長期留学したり、私立の医学部へ入学したりすると莫大なお金が必要になります。親が費用を負担してくれた場合、他の兄弟姉妹に不公平感が生まれ、それが相続の際に表面化します。
ここでは、親が生前支払ってくれた学費、その他の費用や、孫への教育資金の一括贈与について最新の法令に照らしながら考えてみたいと思います。
目次
法定相続人と法定相続分について
兄弟姉妹間で受けた学費の差額について考える際に、法定相続人と法定相続分の定義についてご説明します。
法定相続人とは
親族が亡くなった時、亡くなった方の財産を相続する権利を持つ人の事を法定相続人と言います。
法定相続人は、民法の規定により、誰が相続人になれるのか、またその優先順位が定められています。すなわち、故人との関係に準じて遺産相続順位が決められているのです。
法定相続人の遺産相続順位は以下の通りです。
第1順位 故人の子供
故人に近い世代である子供が第1順位とされます。子供と一口に言っても色々なケースがあります。
<非嫡出子(婚外子)の場合>
父親が認知をしていれば、相続においても嫡出子(婚姻関係にある男女の間に生まれた子)と同等の扱いになります。
<故人が離婚している場合>
前妻との間に生まれた子供には第1順位の相続権があります。
親が離婚したからといって、親子関係までもが解消される訳ではないので、親権者が父母のどちらかにあるのには関係なく、子供として相続をすることができます。
<養子の場合>
普通養子縁組(一般的な養子縁組)では、実親との親子関係は消滅しませんので、実親・養父母両方の相続人となります。
特別養子縁組(実親との法律上の親子関係は消滅する)の場合では、実親が死亡した場合は、法定相続人とはなれませんが、養父母が死亡した際には法定相続人となります。
<再婚した相手の連れ子>
再婚した相手に連れ子があった場合、養子縁組などをしない限り、連れ子には相続権はありません。法律上、親子関係が生じないためです。
第2順位 故人の父母、祖父母(直系尊属)
第1順位の人がいない場合に、第2順位の人が相続人となります。父母、祖父母が生存していれば、死亡した人に近い世代である父母が優先されます。
第3順位 故人の兄弟姉妹
第1・第2順位の人がいない場合に、第3順位の人が相続人になれます。
兄弟姉妹が死亡している場合は、その子供である甥・姪が相続人となります。
ただ、このケースで、甥・姪が既に死亡しているとすると、甥・姪の子供には相続権はありません。
故人の配偶者は、上記の順位には含まれませんが、常に相続人となります。
ただし、内縁関係にある妻や、同性のパートナーは戸籍に妻としての記載がありませんので、民法上の配偶者とはみなされず、相続の権利はありません。
また離婚した妻、夫にも相続の権利はありません。
つまり、配偶者の場合は、死亡時の戸籍に配偶者として記載されている人にのみ相続権があるのです。
法定相続分とは
法定相続分とは、民法に基づいて法定相続人が故人の財産を相続する配分率の事を意味します。
故人が生前、遺産分割に関して遺言書を作成していた場合は、基本的には、遺言書の内容の通りに遺産を分割することになります。
遺言書がない場合は、法定相続人が全員で遺産配分を話し合って決める遺産分割協議の場を設けなければなりません。
法定相続分は、相続人の間で遺産分割の合意に至らなかった場合の遺産の取り分を定めたものであり、必ずしもこの配分で相続をしなければならないというものではありません。
相続人全員の合意が得られれば、法定相続分にとらわれずに、各家族それぞれの配分で取り決めをしてもよいのです。
基本的に民法で定められた法定相続分は以下の通りです。
<配偶者と子供が相続人である場合>
配偶者1/2 子供1/2(2人以上の場合は全員で1/2)
<両親とも亡くなり、子供が相続人である場合>
子供の人数で均等割
<故人に配偶者がいて、兄弟姉妹がいる場合>
配偶者3/4 兄弟姉妹1/4(2人以上いる場合は全員で1/4)
いずれのケースにおいても、配偶者以外の相続人が2人以上いる場合は、原則、均等に分割します。
特別受益とは
特別受益とは、被相続人が生前、相続人に対し、特別に利益を与えていることをいいます。
特別受益には以下のようなものがあります。
<遺贈>
遺言によって法定相続人以外の人に贈る財産贈る対象は、例えば被相続人の介護をした長男の嫁や、世話になった人等が挙げられます。
<学費>
高等学校卒業後に教育を受けるための学費但し、被相続人の生前の収入、社会的地位などを鑑み、その家庭の通常の範囲内なら特別受益には該当しません。
大学院や私立の医学部の学費や長期海外留学費用などのようなまとまった額の学費が特別受益としてみなされます。
<生計の資本としての贈与>
住むための建物、土地の贈与、住宅資金が挙げられます。また、事業の開業資金も該当します。
<生活費の援助>
扶養義務の範囲を超えた援助が該当します。
<子供の婚姻のための贈与>
挙式費用は特別受益として認められます。
結婚後の生活をサポートするための費用や持参金、支度金は特別受益に該当します。
相続に際しては、特別受益を受けた人が相続人の中にいて、法定相続分通りの相続をするとなると、他の相続人との間で不公平感が生じます。
これを是正するため、民法の中には、特別受益がある場合の相続税の計算法が定められています。この計算法によって出された相続分の事を、具体的相続分といいます。
遺言により、特別受益を計算に考慮しないよう決めることもできます。
これは、持ち戻しの免除といわれます。持ち戻しを免除すると、規定の法定相続分で計算されます。しかし、持ち戻しの免除が他の相続人の遺留分を侵害している場合は、遺贈や贈与として扱われることがあります。この持ち戻しを例で見てみましょう。
▼例A
相続財産:5000万円
相続人:配偶者 長男 長女
特別受益者:長男が事業の開業資金として、被相続人から生前に500万円を援助してもらった。
法定相続分に従うなら、配偶者2500万円、長男1250万円、長女1250万円となります。
が、長男は既に500万円を特別受益として得ているため、持ち戻し計算は以下のようになります。
5000万円+500万円(特別受益分)=5500万円(みなし相続財産)
よって、配偶者2750万円、長男1375万円-500万円=875万円、長女1375万円となります。
兄弟姉妹間で学費に差がある場合特別受益に該当する?
兄弟姉妹間で受けた教育内容に差があり、それによって支払った学費にかなりの差異がある場合は、これを特別受益と見るのでしょうか?
高校までの学費については、現在、高等学校への進学率はほぼ9割を超えているため、特別受益とはみなされません。
問題となるのは、大学進学以降の学費についてです。兄弟姉妹が皆大学を卒業していて、公立か私立かという違いであれば、学費に差はあるもののそれは特別受益には該当しない事の方が多いです。
その一方で、特定の相続人が長期海外留学の費用を親に出してもらい、他の相続人が高校卒業までの費用しか出してもらっていない場合などは、特別受益とみなされることがありえます。
特別受益となるのか判断されるのには、親の資力も関係してきます。
親の年収、職業、社会的地位、学歴等から鑑み、親がその子供に対して与える教育レベルが妥当だとみなされる場合には、特別受益にはなりません。その一方で、親の資力から考えてみて、不相応な学費を受けた場合は、特別受益に当たる可能性があります。
実際の例を見てみましょう。
▼例B
相続人である長男のみが医学部の学費を親に出してもらっており、他の兄弟からこれは特別受益に該当するのではないかという申立てがありました。
この場合、被相続人が開業医を営んでおり、長男に家業を継いでほしいと希望していたこと、申立てをした兄弟もそれぞれ大学教育を受けていたことなどから、長男の学費は特別受益には該当しないという判決が出ました。
またこうしたケースもあります。
▼例C
兄が大学院に進んだことで家計が苦しくなり、姉と妹はそれぞれ公立高校を卒業してすぐに働き、家計と兄の学費を助けました。
その後、親が亡くなり遺産相続の話になりました。兄は「不動産を売ったお金と預貯金を、法律通り3等分することにしよう」と提案してきました。それに対して、姉妹は、「自分達が仕事をしてきたから家計も助かったし、お兄さんも大学院へいくことができた。この場合の3等分は不公平だ。遺産相続で調整してほしい」と主張しました。
この場合は、法定相続分を修正する特別受益が該当します。
特別な受益を受けた兄の相続分を減らして差し引き計算をし、公平になるようにすることができるのです。
特別受益の制度があるのは、生前贈与などで、特定の相続人のみ優遇されていた家庭において、相続の際にその優遇分が問題となり、相続人間で公平を図ることを目的としています。
また、実際学費が特別受益に該当すると認められた場合、その金額の評価は、当時支出した金額を現在の価値に直して計算することになっています。
学費等の教育資金は相続税控除の対象になり得る
節税対策として生前贈与が取り上げられることが多い昨今、祖父母等から教育を目的として孫に資金を一括贈与する制度が施行されました。
対象となる諸条件
教育資金贈与は、祖父母や父母から30歳以下の孫や子供への教育資金の名目であれば、子や孫1人につき1,500万円、或いは500万円を上限として贈与税が非課税になる特例です。
但し、この金額は分割ではなく、一括で贈与しなければなりません。
この贈与は、祖父母、両親といった直系の尊属から子供や孫に対する贈与でなければなりません。したがって、伯父や叔母など直系関係でない親族からの贈与は対象になりません。
対象となる教育資金
教育資金の範囲と非課税枠は以下の通りです。
非課税枠:1,500万円まで
教育機関:保育園、幼稚園、小・中学校、高校、大学、外国の教育施設
教育資金に該当するもの:入学金、授業料、学用品代、給食費等
支払先:学校
非課税枠:500万円まで
教育機関:学習塾、スポーツ教室、文化芸術にかかる教室等
教育資金に該当するもの:役務提供の対価や施設利用料、指導への対価
支払い先:学校等以外
2019年度の税制改正による変更点
この制度は、当初2019年3月31日までの特例でしたが、同年の税制改正で2年間延長されることになり、2021年3月31日まで適用されるようになりました。
この改正により以下の点がそれまでと変更になりました。
- 子や孫など受贈者の前年所得金額が1,000万円を超える場合は、特例措置が適用されなくなりました
- 受贈者が23歳になった後は、教育資金の一部が非課税対象となります。これは、習い事などが特例の対象となることを示しています。また、23歳以上でも、教育訓練給付金支給の対象となる教育訓練の受講費用は除外しないとされています
- 受贈者の年齢について、受贈者が在学中であれば、教育資金の非課税措置期間を40歳まで延長できるようになりました
制度利用の注意点
この制度で贈与された財産は、教育資金としてのみ利用が可能です。
他の用途で利用した場合には、贈与税の課税対象となります。さらに、贈与された財産が余ってしまった時は、余った分に贈与税が課税されます。
また、制度利用上では、教育資金として利用した事を証明するために、金融機関に対して領収証を出さなければなりません。原則として、領収証の原本を出す必要があります。
この制度では1500万円までが非課税で一括贈与できます。
しかしながら、年間110万円までの非課税枠がある生前贈与で事足りるケースも多いのです。一括贈与が必要なのか、暦年贈与で間に合うのか検討が必要です。
まとめ
ここまで見てきたように、親が支払った学費に関して、兄弟姉妹間で金額に差がある場合は、相続時にバランスを取ることが可能です。
特定の人物に対してのみ支払われた高額な教育資金は、特別受益として認められ、相続の際に他の兄弟との間に不公平がないように相続金額で相殺することができます。
ですが、それも、ケースバイケースであり、全てのケースで特別受益が認められる訳ではありません。
家庭の数だけ相続の数もあります。それぞれの家庭の資力や事情に応じて日頃から情報を集め親族で話し合い、相続の準備をしておくことが重要です。