2019年5月31日 金曜日
相続税と特別受益の持ち戻しとは?
相続の場面でトラブルに発展しやすい要因の一つに、不公平感があります。
例えば、生前贈与を多く受けた人が、相続人としてさらに財産を相続することになる場合があります。
贈与された財産を無視して遺産分割をすると、法定相続人同士で不公平感が生まれます。
では、どのように遺産分割をすればよろしいでしょうか。
特別受益の持ち戻しとは、相続の際の公平さを保つための手法です。
では、特別受益の額はどのようにして評価するのでしょうか。
また、どの様な財産が対象になるのでしょうか。
特別受益の対象、持ち戻しの計算法、主張の方法の具体的な内容について詳しくみていきましょう。
特別受益の持ち戻しとは
特別受益は、相続人に対して「遺贈」された財産を指します。
例えば、被相続人の子供が、被相続人から不動産の生前贈与を受けることがあるでしょう。
その不動産が、特別受益の対象になります。
生前贈与を受け取りながら法定相続分通りの遺産を受け取れば、その相続人は比較的多くの財産を手にします。
民法第903条1項では、相続人間の公平性を保つため、「特別受益の持ち出し」という制度を設けています。
この「特別受益の持ち出し」は、特別受益分を考慮しつつ、具体的相続分を算定します。
特別受益財産には主に以下の様なものが考慮されます。
l 持参金や支度金など婚姻のための資本
l 学資(高等学校教育を含む義務教育の費用以外)
l 不動産
l 金銭
l 有価証券
l 投資信託
l 金銭債権
l 生命保険金
l 死亡退職金
l 遺族扶助料
車やゴルフ会員権などが対象となることもあります。
幅広い財産が対象になるので、気を付けましょう。
また、生命保険の金額が、総相続財産に比べて極めて小さい額の場合は持ち戻しの対象としないこともあります。
しかし、被相続人が贈与した全ての資産が対象になる訳ではありません。
特別受益に該当するものは、その受取人が推定相続人であるものです。
例えば、祖父、祖母から孫への贈与は、特別受益になりません。
また、推定相続人が資産を受け取っていても、被相続人が遺言によって持ち戻し免除を表明していた場合は、特別受益の持ち戻しを行う必要はありません。
被相続人が特別受益の免除の意思表示をしていた場合は、他の相続人の希望があったとしても、特別受益の持ち戻し計算ができません。
被相続人が特別受益の持ち戻しの免除を行いたい場合には、トラブルを防止するためにも、遺言書を使って、形に残しておくのが、一般的です。
持戻し免除の意思表示の遺言例を見てみましょう。
l 遺言者は、遺言者の長女A(生年月日)に対し、令和1年5月1日に金3,000万円を贈与したが、民法第903条第1項に規定する相続財産の算定にあたっては、当該贈与額は、相続財産の価額に加えないものとする。
この遺言書の例では、特定の贈与に関する意思表示を行っています。
l 遺言者は、民法903条第1項に規定する相続財産の価額の算定に当たっては、遺言者が生前相続人にした贈与の係る財産は、相続財産の価額に加えないものとする
この遺言書の例では、遺産分割の全体の指針として持戻し免除の意思を表示しています。
また、特別受益が天災などの事故でなくなった場合、破損した場合には、特別受益の持ち戻しの対象にはなりません。
言うまでもなく、他の法定相続人が承諾している場合も、特別受益の持ち戻し計算をする必要はありません。
特別受益の持ち戻し免除は、あくまで法定相続人間の公平をはかるための制度です。
法定相続人が不公平に感じず、納得をしているのであれば、活用しなくてもいいのです。
つまり、特別受益の持ち戻しを行うためには、法定相続人の誰かが特別受益の存在を主張する必要があります。
特別受益の主張は、遺産分割協議の席で行います。
遺産分割協議で、特別受益を主張する人は、特別受益の存在を主張する根拠を示します。
主張について、対象となる受益者は、特別受益にあたる贈与があったのか、その価格などについて回答します。
受益者が特別受益分を認め、その場で合意ができれば、大きなトラブルにはなりません。
評価方法についてすり合わせ、その持ち戻し計算によって、遺産分割を行います。
受益者が特別受益を認めない場合は揉め事に繋がります。
また、事実は容認しても財産の評価方法がすり合わせられないケースもあります。
遺産分割協議で合意に至らない際には、家庭裁判所で遺産分割調停を行います。
この際、特別受益の主張者は、特別受益の根拠と評価価格に関する資料を提出します。
遺産分割調停では、調停委員が率先して、遺産分割の妥協点を探していきます。
話し合いで解決しない場合は、審判に移行し、審判官が遺産分割方法を決定します。
審判官が特別受益を認めれば、特別受益の持ち戻し計算を使った遺産分割ができるようになります。
専門家が関わらない場合は、実際の立証が難しいケースも多くあります。
特別受益の対象は、不動産から現金まで様々あります。
贈与された時期も古くなるとその証拠が残っていない場合もあります。
不動産であれば、登記などの記録が残っているので、比較的、事実の証明がしやすいでしょう。
一方、現金の贈与では、その贈与が行われたことを立証する資料が残っていないことが多くなります。
実際に特別受益が認められるかどうかは、過去の判例や審判例を参考にする必要があります。
「遺産の分割方法で議論が進まない」「遺産分割協議の結果に不公平感を持っている」「特別受益の立証ができるかわからない」など、相続関連の手続きに悩まれている方は、相続に強い弁護士に相談することをおすすめします。
特別受益がある場合、評価額の計算に注意
特別受益に合意はなされた場合、その額を持ち戻しした上で、相続の配分を計算します。
計算方法を正しく理解した上で、進めていきましょう。
特に、生前贈与などで特別受益となった資産の評価方法には注意が必要です。
生前の贈与時と相続協議の開始時で、財産の価格が変わっていることがあるためです。
不動産の場合、協議時の時価と贈与時の時価は基本的に異なります。
それでは、資産の評価額が相続の協議時と贈与時で異なる場合、いつの時点で財産評価をすべきなのでしょうか。
特別受益を行った資産の評価は、原則、相続開始時の評価になります。
例えば、10年前に被相続人が相続人に対してマンション等の不動産を贈与していた場合、そのマンションの評価額は10年前のものではなく、現在の評価額をもって評価します。
土地の値段が高騰するなどして、そのマンションの評価額が挙がった場合でも、その高騰した後の評価額が持ち戻し計算の対象になるのです。
現金の贈与のケースはより計算が複雑になります。
現金は時間がたっても評価額が変わらない財産と考える方も多いかもしれません。
しかし、実際には物価の変動があるため、同じ価値とは言い切れないのです。
例えば、20年前の100万円と現在の100万円では、価値が異なるととらえられます。
そのため、過去に現金を生前贈与されているケースでは、その贈与額を、現在の貨幣価値に置き換えて評価します。
特別受益の持ち戻しを考慮した相続税の計算
具体的な特別受益の持ち戻しの際の計算方法を見ていきましょう。
特別受益の持ち戻し計算の際には、相続財産の額に、特別受益の財産を足すことから始めます。
遺産と特別受益の合計額はみなし相続財産と呼ばれます。
この、みなし相続財産を法定相続に応じて分配することが、特別受益の持ち戻しです。
もちろん、配分の際には、特別受益の受益者の取得分は、特別受益を差し引いた上で行われます。
被相続人に配偶者と子供4人(長男、長女、次男、次女)がいて、遺産の総額が9,000万円、長男が婚姻する際に1,000万円を生前贈与されていた場合を例に考えてみましょう。
まずは、長男の特別受益1,000万円を持ち戻しの計算をします。
この例では、1,000万円は1年以内に贈与されていたもので、この現金の現在価値と、贈与時の価値は同じものとみなします。
みなし相続財産は、遺産と特別受益の合計額です。
9,000万円+1,000万円=1億円となります。
続いて、この1億円を、法定相続分に応じて分配してみましょう。
法定相続分は、配偶者が1/2、子ども達で1/2です。
まず、配偶者の相続分は、1億円×1/2=5,000万円となります。
続いて、子供たちの相続分はみなし相続財産を1/2をした後に、更に残った財産を、子供たちの人数4人で割ります。
長女、次男、次女の相続分は同じです。
1億円×1/2×1/4=1,250万円です。
続いて、長男の相続分はこの額から事前に受けている特別受益分を差し引くことになります。
そのため、(1億円×1/2×1/4)-1,000万円=250万円です。
被相続人が死亡した際に持っていた財産に特別受益の受取人が生前もらった財産を現在の価格で加え、その総額をもとに相続人のそれぞれの相続分を計算するという流れになります。
特別受益の持ち戻しの制度は民放改正により、今後も変わっていく可能性があります。
平成30年7月13日に交付された民法改正では、「婚姻期間20年以上の夫婦相互間における自宅の贈与は、特別受益持ち戻しをしない」、「死亡前にされた相続人への特別受益のうち死亡前10年間にされたものに限り、遺留分を算定する為の財産の価額に算入する」ようになるなど、社会状況の変化に伴って法改正されます。
心配な方は専門家に相談するようにしましょう。
相続から3年以内の贈与については相続税の対象となるので注意
相続開始前3年以内の生前贈与は、相続税の課税対象になります。
贈与税の対象と思われる方も多いので注意が必要です。
年間110万円以内の贈与であれば贈与税は非課税となる制度を利用して、相続税を減らそうとする人への法的対策と言えるでしょう。
この相続時に加算される3年以内の贈与は、推定相続人以外の人には適用されません。
推定相続人は、相続が開始した際に法定相続人となる人を指します。
推定相続人以外の方(孫、子供の配偶者など)への贈与は、相続とは関係ないため、相続税への加算対象外となります。
ただし、代襲相続や被相続人の養子になっていて、孫が推定相続人に該当する場合はもちろん、相続税の課税対象です。
相続人に該当し、相続開始前3年以内に受けた贈与に関しては課税されます。
また、孫が遺書により財産を遺贈された場合も相続人と同じ扱いになります。
被相続人の生命保険の受取人が孫になっている場合も同様です。
相続開始前3年以内の贈与贈与税を支払った人に相続が発生した場合には贈与税の控除手続きが可能です。
まずは相続税の総額を計算し、そこから既に支払った贈与税を控除します。
当然ですが、支払った贈与税の控除が相続税の総額より多い場合、相続税は発生しません。
相続開始前3年以内に贈与についての手続きは、相続税申告書第14表を使用します。
国税庁のHPで確認しましょう。
まとめ
もし、法定相続人の中に、生前贈与などによって個別に利益を得た人がいた場合は本記事を参考に特別受益の持ち戻しを検討してみてください。
相続人の中で相続内容が不公平に感じる人がいると、それをきっかけに相続人の関係性が崩れてしまうことがあります。
相続人が合意しているのであれば問題にはなりませんが、気にする人がいるのであれば、法律に乗っ取って、円満な解決を目指した方がいいかもしれません。
その際、不公平だと言うままでは話が進まないため、税理士に相談して特別受益と相続の数字を明確にした上で話し合うことを心からオススメします。