2019年8月14日 水曜日
相続放棄は取り消し可能?取り消す方法と条件を解説
「一定の期間が過ぎると相続放棄はできなくなるから、早く済ませよう。」
と慌てて放棄をしてしまい、あとで後悔するといったケースが見受けられます。
「借金しかないと思っていたら、現金はなかったけど株式がたくさんあった。」
「叔母に相続の放棄を勧められた。遺産のことはよくわからなかったので言われたとおりにした。」
「兄に、親にはどうやら借金しかないみたいだから相続は放棄した方がいいと言われて手続きをした。」
など、このような色々なケースで「相続を放棄してしまった」という方も少なくありません。
それでは、相続を放棄した後に取り消しはできるのでしょうか。
答えは「条件によっては、取り消しをできる場合もある」のです。
さっそく詳しく説明していきましょう。
目次
相続放棄とは?
相続放棄とは、被相続人が残した現金や不動産、株式などの財産について、相続人が「自分は相続をしない」と放棄をすることです。
相続する遺産は土地や預金などプラスになる財産だけではありません。ローンや借金などのマイナスとなる財産も相続の対象となります。
もしプラスの財産よりマイナスの財産の方が多い場合は、一般的に「相続を放棄する」という決断をすることが多いでしょう。
しかし、マイナスの財産の方が多い場合でも、どうしても手放したくない思い出の品や家がある時には、「相続を放棄しない」という決断をすることがあるようです。
相続を放棄する手続きは、相続することが決まってから3か月以内にしなければいけません。
自身が相続することになる財産には、どんなものがあるのか、相続人は誰なのかを確認・検討し、戸籍謄本などの書類をそろえて手続きをします。
一度手続きをしてしまうと、取り消しは基本的にすることができないため、相続を放棄をする時は慎重に検討しましょう。
相続放棄の効果
相続放棄はさまざまな効果をもたらします。
まず、手続きを行うと「はじめから相続人ではなかった」という扱いになるので、代襲相続は起こりません。
それ故に、遺産を子供(被相続人の孫にあたる)に相続させたいと思っていても、自分が相続を放棄した場合は子供には財産を相続する権利がありません。勘違いをしやすい点なので注意しましょう。
また、同順位の相続人が相続する財産の配分が増えるという効果もあります。
「兄弟の遺産相続分を増やしたい。」という理由で相続を放棄することも可能です。こういったケースでは正式な遺産分割協議の場で決める方が柔軟に対応できます。
相続を放棄したあとに多額の財産が発覚し、「やっぱり自分にも少し分けてほしい。」と考えが変わることもあるかもしれません。
しかし、法律で定められているように基本的に相続の放棄は取り消しができませんので、あとから多額の財産が発覚したからといって取り消しをすることはできないでしょう。
同順位の相続人がいない場合は、次順位の相続人に相続権が移ります。
相続放棄により相続権が次順位の相続人に移った場合、次順位の相続人に公的機関から連絡がいくことはありません。
「気が付かないうちに相続人になっており、相続放棄の期間が切れてしまう。」という事態も起こり得ます。
マイナスの遺産が多いことで相続を放棄した場合は、必ず次順位の相続人に伝えるようにしましょう。
相続放棄が行われる理由
相続を放棄する理由には、下記の3つのケースが多いようです。
①借金しかない、もしくはプラスの財産よりも多額の借金があることが明確である
②プラスの財産はあるが、借金がありそうなので相続を拒否したい
③プラスの財産があることはわかっているが、相続争いに巻き込まれたくない、一切関わりたくないなど
相続放棄の取り消しは可能か?
「民法第919条第1項」にて「相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない。」
と明記されているため、相続放棄の「撤回」はできません。
相続放棄を撤回することは、一度確定した相続順位を元に戻すことになります。
遺産相続の配分を元に戻したり、一度行った手続きを変更したり、遺産分割協議で決定した事項を一から決め直したりすることにもなりかねません。
そのような混乱を起こさないために、基本的に相続放棄の撤回はできないことになっています。
一方で、「取り消し」は条件によって可能です。
「撤回」とは、相続放棄そのものを取り下げることを指しますが、「取り消し」の場合は相続を放棄するに至るまでの過程に問題があったことを理由として相続の放棄を無効とする意思表示です。
次項から詳しくご紹介していきましょう。
法的には可能、だが条件は厳しい
相続放棄の取り消しは法的には可能です。
しかし、家庭裁判所に認めてもらうためには、根拠書類などで理論的に証明しなければならないため、相続放棄の取り消しはかなり難しいでしょう。
相続を放棄するための手続きが完全に受理された後に「プラスの財産が発覚したから取り消しをしたい」となっても、取り消しできる可能性はかなり低いです。ほぼできないといっても過言ではありません。
受理された後の相続放棄の取り消しについては、以下のように民法で定められています。
民法第919条第2項
前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
この『第一編(総則)及び前編(親族)の規定』に当てはまる場合は取り消すことができます。
相続放棄の取り消しが認められる場面
『第一編(総則)及び前編(親族)の規定』とは
①民法第96条に定められた、詐欺や脅迫により本人の意思と反して相続を放棄させられた場合
②民法第5条に定められた、未成年が法定代理人の同意を得ずに、勝手に相続を放棄した場合
③民法第9条に定められた、成年被後見人本人が成年後見人の承諾なく、勝手に相続を放棄した場合
④民法第13条に定められた、被保佐人が保佐人の同意を得ずに相続を放棄した場合
⑤民法第864条に定められた、成年後見監督人がいるにもかかわらず、成年被後見人または成年後見人が、成年後見監督人の同意を得ないで相続を放棄した場合
などが当てはまります。
本人の意思と反していたり精神上の障害があったりする場合に、取り消しが認められる可能性が高いのでその点について更に詳しく紹介します。
詐欺や脅迫による相続放棄の場合
例えば、「遺産の相続を放棄をしなければ家族を傷つける」といった脅迫が原因で相続を放棄してしまった時などは、取り消しが可能となります。
相続順位を上げるためや分配割合を増やすために、相続人同士で詐欺や脅迫が起こる可能性があります。
そのような事態になったときは、しかるべき対応をとりましょう。
必要な同意が得られていない相続放棄
①未成年者が法定代理人の同意を得ていない場合
未成年は知識がなかったり、感情のコントロールがうまくいかず適切な判断ができなかったりすることがあるため、法定代理人の同意がない限り、法的行為は全て無効となります。
よって、こういったケースでも取り消しが可能でしょう。
②成年後見監督人の同意を得ずに成年被後見人or成年後見人が相続放棄した場合
成年後見監督人は、成年後見人の事務などを監督するために、家庭裁判所から選任されます。
成年後見監督人が選任されるケースとして、
- ・成年被後見人の財産が多い場合
- ・成年後見人が財産管理を十分にできないと予想される場合
- ・最終的に遺産分割が行われるため、成年後見人と成年被後見人との間に利益相反がある場合
などのケースが考えられます。
中でも最初のケースが最も多く、成年被後見人の利益を守るために選任されます。
したがって、成年後見監督人が選任されている場合は、全ての法律行為に同意を得なければならないため、取り消すことが可能です。
③被保佐人が保佐人の同意を得ていない場合
日常生活に支障はないが、認知症や知的障害があり、判断能力が不十分である場合は家庭裁判所から保佐開始の審判を受けます。
保佐人は、預貯金の払い戻しや不動産契約などの重要な財産上の契約に関して、取り消す権利があります。
そのため、保佐人が被保佐人の同意を得なかった場合も取り消すことができます。
成年被後見人による相続放棄
精神上の障害が著しく、日常生活にも支障をきたしている場合などは、家庭裁判所で成年被後見人の審判を受けます。
成年後見人は、財産管理や法律行為の全ての代理権と取消権があるため、成年被後見人が行った法的手続きの取り消しをすることが可能です。
相続放棄の取り消し方法
相続を放棄する手続きは家庭裁判所で行い、取り消し手続きも同様に家庭裁判所で行います。
申述できる人や申述可能な期間などが定められているので、詳しく紹介します。
申述可能な人
申述をすることができる人は相続放棄の申述をした人、またはその法定代理人です。
申述をすることができる人は、被相続人が最後に住んでいた住所地の家庭裁判所に申述する必要があります。
申述可能期間
追認できる時から6ヶ月以内、または相続放棄から10年以内と定められています。
追認できる時とは、
①未成年者が成年になった時
②法定代理人から追認の同意を得た時
③成年被後見人が後見開始の取り消しをされた時
④詐欺や脅迫を受けていた者がその状況を脱した時
以上のことを言います。
上記の期間内であれば、取り消しの申述をすることができるので、証拠書類などをそろえて手続きをしましょう。
申述方法
相続放棄の申述をした人、またはその法定代理人が申述可能期間内に、相続放棄取消申述書と戸籍などの必要書類をそろえて家庭裁判所へ提出します。
何らかの事情によって家庭裁判所へ直接提出することが難しい場合は、郵送でも提出が可能です。
申述後、取り消しが認められず却下されてしまった場合には、即時抗告の申し立てをすることができます。
しかし、申し立てが不受理になると、取り消しができなくなるので慎重におこなってください。
申述の流れ
申述書を提出してから、正式に受理されるまでの一般的な流れをご紹介します。
①家庭裁判所へ相続放棄取消申述書と戸籍など、必要書類を提出します。
②申述人宛に、質問などの文書が家庭裁判所から届きます。
③申述人は届いた文書に必要事項を記入し、家庭裁判所に返送します。
④家庭裁判所に相続放棄申述が受理されると、申述人に「相続放棄取消申述受理通知書」が届きます。
通常は上記の流れですが、②と③は特になく、受理通知のみが届く場合もあれば、書面だけでなく口頭で確認される場合もあるので、取り消し理由によって流れは多少変わります。
相続放棄が受理される前に取り下げることも可能
相続放棄手続きは、家庭裁判所での手続きから受理されるまでに少し時間がかかります。
受理される前とは、家庭裁判所から届いた文書を返送するまでのことを指します。
その期間に申請をすることで、相続放棄を取り下げることができます。
申請から受理まで1~数週間程と考えられるので、新しくプラスの財産が発覚したなど、取り下げしたい時は早めに申請をしましょう。
錯誤無効について
錯誤無効とは勘違いによって行ってしまった行為を無効にできることを指し、民法第95条で定められています。
相続放棄において、勘違いにより意図していなかったことが起こったときには、取り消しを行うことができます。
しかし、単純に「勘違いでした」と言うだけで、簡単に錯誤無効が認められるわけではありません。
例えば、「負債が多額なため相続放棄をしたが、良く調べてみるとプラスの財産がたくさんあった。」という場合は、被相続人による調査不足であり、法的に認められる勘違いではありません。
この場合、取り消しは認められる可能性が低いです。
一方、「自分の子供たちに遺産相続させたいと考え相続放棄したが、子供たちではなく、祖父母へ相続権が移ってしまった。」という場合は取り消しを認められる可能性があります。
実は、過去の事例として相続放棄の手続きの際、理由に子供に遺産相続させたい旨を記載していたため、取り消しが認められたことがあります。
記載が漏れていた場合には、取り消しが認められなかったかもしれません。
錯誤無効を理由に取り消しの申請をしたい場合は、それを証明できる状況や書類などをそろえて、届け出る必要があります。
まとめ:相続放棄は慎重に
「相続放棄の申請期間は3ヵ月しかないから、早く手続きをしなくては」と、遺言書や財産をしっかり調査せずに相続を放棄してしまうと、後々に後悔することになるかもしれません。
被相続人と相続人の意思は法律で守られているので、自分の意思に反してた場合は、専門家の力を借りて取り消しの手続きをしましょう。
一度、相続放棄の手続きをすると、取り消しするためにはたくさんの労力と時間が必要です。
必要書類や証拠書類を集めても認められず、即時抗告の申し立ても不受理となると、取り消しをすることはできません。
それでも、「相続放棄後にプラスの財産が発覚し、労力や手間など考えてもメリットがある。」と判断できる場合は、取り消しにチャレンジする価値があるかもしれません。
その時は、なるべく専門家の力を借りましょう。
しかし、最善の方法は、相続放棄する前に財産の調査を細かくすることです。
相続放棄がベストの選択だと納得し、判断できるまで慌てずにしっかり調査をして慎重に行いましょう。