2019年6月16日 日曜日
相続の合意解除とは。合意解除ができる条件とは
家族が亡くなった時、悲しみも束の間、すぐにやってくるのが相続問題です。
相続人が複数いる場合には、被相続人の遺産をどのように分割するかを決定するため、遺産分割協議を行う人も多いのではないでしょうか。
しかし、遺産の相続にはトラブルがつきものです。遺産分割協議で合意した内容に納得がいかない場合や、合意した後に新たな遺産が発覚した場合など、遺産分割協議をもう一度やりたいと願う人も少なくないはずです。
実は、一度合意した遺産分割協議はやり直せる可能性があることはご存知でしたでしょうか。
この記事では、どのような条件であれば遺産分割協議をやり直すことができるのか、また、その際に注意すべきことなど詳しく解説していきます。ぜひ参考にしてみてください。
遺産分割協議とは
まず、そもそも「遺産分割協議」とは何でしょうか?
遺産分割協議とは、被相続人の遺産を、相続人同士でどのように分割するかを決定するための話し合いのことをいいます。そして、その話し合いで決まった内容を書面で提示したものが「遺産分割協議書」です。
もし、被相続人が遺言書を生前に作成していれば、その内容に準じて遺産の分割が行われます。一方、遺言書がない場合には、法定相続人全員が遺産を法定相続分の割合で共有することになります。兄弟がいるなど相続人が複数となる場合、誰がどの遺産を相続するのか、複数の遺産どのように分けるのかなど決定するために、遺産分割協議を行います。
遺産分割協議を行う際は、相続人が全員参加する必要があり、一人でも抜けていると協議は無効になってしまうので注意が必要です。もし、法定相続人の中に未成年がいる場合は、法定代理人という代わりに遺産分割協議に参加する人を探す必要があります。
また、認知症などで自分の意思を伝える能力がないと判断できる場合は、成年後見人を選任してもらい、後見人が遺産分割協議に参加する必要があります。
遺産分割協議は通常、誰が相続人なのかを明確にする「相続人調査」と、どれほどの遺産があるのかを明確にする「相続財産調査」を行ったのちに、相続人全員が話し合いをすることで決定していきます。そして、すべての相続人が遺産分割方法について合意したら、その内容を書類で提示するための「遺産分割協議書」を作成することで、遺産分割協議は終了となります。
しかし、相続財産の内容が土地中心で分割方法が難しかったり、財産評価額が高額だったりした場合、相続人同士で揉めて結論がすぐに出ないこともあります。
また、相続人が多ければ多いほど、合意形成まで長い時間がかかる傾向にあります。解決まで何十年もかかってしまうケースも少なくありません。
そこで、遺産分割協議を続けても結論が出ない場合には、家庭裁判所に申し出て遺産分割調停の手続きを行うことができます。遺産分割調停では、家庭裁判所の調停委員が、遺産分割の話し合いの仲介に入ることで協議を進めます。
しかし、それでも結論が出ない場合には、家庭裁判所の裁判官が審判によって遺産分割方法が決定されてしまいます。審判の段階に差し掛かると、各相続人の意見が全て反映されるとは限らず、より柔軟な解決が難しくなることが多いのが事実です。つまり、遺産分割が長引いた際には、できるだけ任意の遺産分割協議の段階で解決することが望ましいといえます。
遺産分割協議をやり直す「相続の合意解除」とは
それでは、一度成立した遺産分割協議を合意解除することは可能なのでしょうか。
そもそも「合意解除」とは、契約当事者が契約成立後に、契約内容を解消することに合意することをいいます。
この合意解除は通常、当事者双方が合意をすることによって認められます。つまり、これを遺産分割協議に当てはめて考えると、共同相続人全員が合意しているならば、一度成立した遺産分割協議をなかったことにすることをいいます。
果たしてこれは成り立つのでしょうか?裁判所は次のような見解を示しています。
※参考裁判事例(最判1978年2月17日民集44巻6号995頁)
『共同相続人の全員が、既に成立している遺産分割協議の全部又は一部を合意により解除した上、改めて遺産分割協議をすることは、法律上、当然には妨げられるものではなく、上告人が主張する遺産分割協議の修正も、右のような共同相続人全員による遺産分割協議の合意解除と再分割協議を指すものと解されるから、原判決がこれを許されないものとして右主張自体を失当とした点は、法令の解釈を誤ったものといわざるを得ない。』
このように、共同相続人全員が合意しているのであれば、当事者の意思の尊重という理念に照らし、再度の遺産分割協議を禁止する理由はないと結論づけられているのです。
よく間違われる判例として、「債務不履行解除」があげられます。契約上の意味としての債務不履行解除とは、当事者に債務不履行があった場合、相手方は契約を解除できることをいいます。
これを遺産分割協議に当てはめれば、相続した債務を不履行した場合には、遺産分割協議を解除できると解釈されますが、これは法的安定性の問題から最高裁の判決では否決されています。なぜなら、共同相続人間の法的安定性や遺産が元の共有状態に戻ってしまうことへの法的安定性の問題があるからです。
これに対し、合意解除の場合は共同相続人全員が解除することを合意している以上、共同相続人間の法定安定性の問題はないとされています。
また、合意解除は通常、最初の遺産分割結果を考慮した上で再び協議されることから、事実上遺産が元の共有状態に陥ることもないとされています。これらの理由から、遺産分割協議の合意解除は判例上許容されているといえるのです。
相続の合意解除の理由は様々
それでは、どのような場合に遺産分割協議の合意解除が起こるのでしょうか?
実は、合意解除によって遺産分割協議がやり直しになることはあまり多くありません。なぜなら、遺産分割協議書を作成し終え問題なく申告した場合、原則やり直すことは不可能だからです。
もし、個人的な理由で協議のやり直しを希望しても、よほどの理由でない限り他の相続人は再協議を望まないため、同意することは少ないと考えられます。
一方、全員が合意するケースとして最も多いのは、協議終了後に新たな高額の財産が見つかった場合です。
通常、遺産分割協議後に新たに遺産が見つかった場合には、当初の遺産分割協議は有効として、新たな遺産についてのみ遺産分割協議を行います。
しかし、その遺産が高額だった場合、当初の遺産分割に対して不満を持つ相続人が出ることもあるでしょう。その場合においても、全員が合意さえすれば遺産分割協議を最初からやり直すことができます。
つまり、どんな理由であれ、共同相続人全員の合意さえ取れれば分割協議をやり直すことはできることになります。しかし、相続人同士の仲が良くない場合や、それぞれが遠方に住んでいる場合に再度、遺産分割協議を行うことはかなりの負担となるので、合意を取るのは難しいと考えられます。
遺産分割協議が取り消し・無効になる場合
例外として、遺産分割協議が様々な理由によって取り消しや無効になる場合があります。
この場合、共同相続人全員の合意を取るまでもなく、法的に遺産分割協議のやり直しが決定します。いくつか代表的なケースをそれぞれ見ていきましょう。
<詐欺・脅迫により行われた遺産分割協議の場合>
遺産分割協議に基づく合意は、相続人間のみでの契約です。
したがって、詐欺や強迫によって遺産分割の合意を促された場合、この合意を取り消すことができます。
例えば、他の相続人から、嘘の相続財産の内容を告げられ遺産分割を承諾した場合や、脅されて遺産分割を承諾した場合において、後から遺産分割協議を取り消すことができます。
詐欺や強迫の事実があったかどうかに関して争うことになったら、取消の意思表示を行った上で、遺産分割協議無効確認の訴えを家庭裁判所に提起することができます。
<相続人の一部を除外して行われた遺産分割協議の場合>
一部の相続人を除外して、他の相続人のみで行われた遺産分割協議は無効となります。
例えば、妻とその子どもたちで遺産分割協議書を作成し終えたが、後になって被相続人である亡父に、実は婚外子がいたということになれば遺産分割協議は無効となります。
また、失踪していた相続人を含まなかった場合も同様です。
<判断能力のない相続人が加わって行われた遺産分割協議の場合>
精神上の障害などの理由により本人に判断能力がなく、法律行為を適切に行うためには成年後見人を選任する必要があります。
そのような手続きをとらなかった場合、判断能力のない相続人との間で行われた遺産分割協議も無効となる可能性があります。
<遺産分割の意思表示に錯誤が生じた遺産分割協議の場合>
遺産分割の重要な事実について誤解があった場合、錯誤による無効が認められる事があります。
例えば、被相続人が遺言を残していたことを知らず遺産分割協議を行った場合があげられます。もし相続人が遺言の存在と内容を知っていて、分割協議に応じなかった可能性がある場合には、遺産分割協議の無効を主張することができます。
相続の合意解除した場合の注意点
一見、やり直しができるからと楽観視しかねない合意解除ですが、遺産分割協議のやり直しには膨大な手間とお金がかかってくることが事実です。
まず、遺産分割協議のやり直しで最も注意すべきは「税金」です。その中でも「贈与税」と「譲渡所得税」については十分検討する必要があります。
民法上では、共同相続人全員の合意があった場合のみにおいて遺産分割をやり直すことが許されていますが、税務上は1度目の遺産分割協議で相続行為は全て完了したとして扱われます。
そのため、遺産分割のやり直しは、各相続人間における財産の「贈与」または「譲渡」と捉えられて贈与税や所得税が課税されることになるのです。
一般的に贈与税は相続税よりもかなり高額に設定されるので、新たな金銭的トラブルに発展してしまうケースも少なくありません。
特に厄介なのが、相続税の申告し終えていた場合です。税務署は相続人の財産の持分を全て把握しています。
そのため、その後の財産の移動があると、それを贈与と判断し課税されてしまうのです。
また、遺産分割協議をやり直した結果、不動産を新たに取得した場合も注意が必要です。不動産の名義変更を行った際には、不動産取得税という税金が発生します。さらに、名義変更登記にかかる登録免許税という課税も発生します。
相続の登記においても注意点があります。
遺産分割協議をやり直した場合、既に済ませた相続の登記はどのように変更すればいいのでしょうか?
まず、当初の遺産分割協議に基づいてなされた相続の登記を抹消する必要があります。そして、新たになされた遺産分割協議に基づいて再度相続の登記をするようにしましょう。この場合、既になされた相続の登記の登記原因が「相続」の場合は「錯誤」となり、原因が「遺産分割」の場合は「合意解除」により抹消の登記をすると必要があります。
このように、遺産分割協議のやり直しは相続人にとってはかなりの負担です。
遺産分割のやり直しはもちろんできますが、その分、新たに贈与税や所得税、不動産所得税、登録免許税等などを負担しなければなりません。
そのため、遺産分割はなるべく一回で終わらせるよう務めることが先決です。
そして、手続きに少しでも不安がある場合や共同相続人全員の関係が良好でない場合、分割方法に納得がいかない場合、相続人間でもめそうな場合などは、専門家である司法書士や弁護士、税理士に相談し、遺産分割協議のやり直しが起こらない慎重に行うようにしましょう。
5.まとめ
いかがだったでしょうか。本来、遺産分割協議を問題なく申告した場合、それを取り消すことややり直すことは原則許されていません。
しかし、最高裁判所での判例上、そこで生じる様々な問題や内情を考慮した結果、相続人全員の合意がある場合においてのみ遺産分割協議のやり直しが認められています。つまり、相続においての合意解除とは、共同相続人の意思を最大限尊重した上での制度だともいえます。
とはいえ、一度決めたことを変更するには、それなりの手間とお金がかかることもお分かりいただけたと思います。遺産分割協議を行う際は、なるべく相続人同士が協力し、一回の遺産分割協議で決着をつけることを心がけましょう。
この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。