2019年3月31日 日曜日
特別受益とは何か?対象となるものや計算方法は?
遺産相続の時に初めて知る言葉は多いと思います。
特に、多くの人にとって初めて知る言葉は、「特別受益」だと思います。
特別受益を簡単に言うと、亡くなった方から生前贈与された財産のことです。
特別受益には、遺言による遺贈や死亡保険金の受け取りも含まれます。
そして特別受益を受けた相続人と、受けていない相続人の間における不公平性を解消するための遺産相続制度があるのです。
ご家族が亡くなられた時に、さらにご自身の遺産相続分が減ると、人間なら誰でも「悪いことが起きた」と思って落ち込んでしまいます。
しかし、言葉や知識を知り備えておくことは、そのように落ち込む時間を減らし、望む未来に向かって前進する足がかりになります。
この特別受益について知っていただくことで、将来に発生する、もしくは現在直面している被相続人の相続に関する備えの一助となることを願っています。
そして、私の立場としては、一概に定義できない極めて曖昧な特別受益に関して、なるべく早く専門家にご相談されることを心からお勧めします。
目次
特別受益とは
概要
特別受益の定義について、民法第903条第1項の規定をみてみましょう。
「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」
つまり、特別受益の対象は、例えば起業のための資金・留学費用・結婚時の祝い金や住宅の贈与など、生前の被相続人から特定の相続人に為されていた高額の生前贈与や遺贈(遺言により財産を贈与すること)あるいは死因贈与契約のことです。
このような贈与や遺贈などが被相続人から特定の相続人にのみ為されていた場合、これらを特別受益として考慮せず相続人全員の相続割合を決めてしまうと、生前の特別受益を受けていた相続人と受けていなかった相続人の間で不公平が生じることになります。
したがって、相続人間の公平を図るために特別受益分は相続財産の実質的な前受けと考え、同条第2項「遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない」にあるとおり、特別受益を受けた相続人の分割割合は遺産分割協議という相続間の話し合いにおいて特別受益相当分について減らすことができるのです。
ただし、同条第3項「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する」とあるように、たとえ相続人に特別受益があったとしても被相続人が遺言でそれを遺産分割時に考慮しないことを定めていた場合は、遺留分(法定相続人に対して民法が定める最低限の取り分)を侵害しない範囲で特別受益相当分を遺産分割割合に考慮しないことも認められています。
(ただし、民法改正で相続開始前10年以内の贈与については持ち戻しが認められる可能性が出ています)
これはご参考ですが、特別受益と逆の概念として「寄与分」というものがあります。
寄与分とは、被相続人の生前に事業を手伝う、または身の回りの世話を行うなどして被相続人の財産の維持・増加に特別に貢献したと認められる相続人には、遺産分割協議における相続人全員の同意を前提に、その貢献度に応じて相続割合を多くするという制度です。
ただし、どのような行為が寄与分に該当するかの判断は特別受益と同様に難しいことから、被相続人が遺言で明記していたわけではない場合は寄与分をめぐって相続人で争いごとに発展するケースがあります。
特別受益の対象物
特別受益に該当する贈与や遺贈については、民法第903条で「被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者」との規定があります。
しかし、民法では特別受益に関する具体的な内容・基準などまでは明示されているわけではないため、その判断は非常に難しいものがあります。
そのため、遺産分割協議の場で特別受益をめぐる相続人間の主張の食い違いが生じ、争いごとに発展するケースは数多くあります。
特別受益の対象と認められたケース、あるいは可能性があるケースはきわめて多種多様です。
以下で代表的な具体例をみてみましょう。
金銭や不動産
基本的に、親元から独立し独立生計を始めたあとに受けていた贈与については、金銭や不動産など贈与財産の種類を問わず特別受益に該当するという考え方が主流です。
結婚費用
結納金や挙式費用については遺産の前渡しではなく、被相続人による社交上の出費という性質が強いことなどから一般的に特別受益には該当しないと考えられます。
しかし、相続人の他の兄弟姉妹と比較して著しく高額の支出だった場合は、その差分が特別受益とされる可能性があります。
また、持参金や支度金など、婚姻後の生活のために被相続人が支出した費用については原則として特別受益に該当すると考えられます。
学費
義務教育に支出した金額ついては、親の義務とされ特別受益には該当しません。
また、昨今の高学歴化に伴い高校や専門学校、あるいは大学への進学費用も同様とする風潮が強いようです。
ただし、大学院や海外留学などの高等教育については特別受益とみなされる可能性がありますが、これについても他の兄弟姉妹との比較した程度の度合いが判断基準のひとつとなります。
相続財産の使用貸借
たとえば被相続人が自宅の敷地などに相続人の住居として土地を使用させており、それが近隣の地代相場や固定資産税などと比較して著しく低い場合、あるいは無償で使用させていた場合は、この使用貸借そのものが特別受益とみなされる可能性があります。
生命保険金
生命保険の死亡保険金は受取人固有の財産とされており、遺産分割協議の対象外です。
このため基本的に特別受益の対象とはならないのですが、相続財産のうち特定の相続人に対して死亡保険金の受取額が突出して高いと認められる場合は、特別受益の対象となる可能性があります。
死亡退職金
相続人が受け取った被相続人の死亡退職金については、特別受益の対象とされます。
仮に生前の贈与などと同じ考え方に基づき受取人固有の権利として死亡退職金を受け取ったとしても、その金額があまりにも高額であるため結果として相続人間で不公平が生じると考えられる場合は、その不公平分相当が特別受益に準じるものとして、相続人間で遺産分割割合の調整がされることがあります。
特別受益と相続分の計算方法
それでは、特別受益が合った場合の相続財産の計算について、具体的な例を交えて見てみましょう。
ここでは、被相続人の相続財産は8,000万円。
相続人は子Aと子B。
子Aだけには被相続人の生前に事業資金として1,000万円の贈与があり、この子Aに対する1,000万円の贈与が特別受益に相当するものとします(簡略化のため、子Aと子Bは法定相続割合の50パーセントずつで相続するものとし、相続時精算課税制度の適用などは考慮しないものとします)。
まずはじめに、「相続開始時の財産+特別受益に相当する生前贈与」で、みなし相続財産の総額額を計算します。
この特別受益相当分を、特別受益を受けていなかった相続人の申し出により相続開始時の財産額に加味しすることを特別受益分の「持ち戻し」と言い、法定相続人または推定相続人の特別受益分が対象になります。
ただし、被相続人の遺言により相続割合が指定されている場合は、特別受益の持ち戻しはできません。
・みなし相続財産の総額=8,000万円+1,000万円=9,000万円
次に、みなし相続財産の総額に子Aと子Bそれぞれの法定相続割合である50パーセントを乗じ、本来の法定相続額を算出します。
・法定相続額:9,000万円×50パーセント=4,500万円
最後に、特別受益として1,000万円の贈与を得ていた子Aから当該金額を差し引き、それぞれの相続分が確定します。
・子A:4,500万円-1,000万円=3,500万円
・子B:4,500万円
このように、被相続人の生前に特別受益1,000万円を得ていた子Aの相続財産は、本来の法定相続割合から特別受益相当分が控除されたものとして計算されるのです。
特別受益と生前贈与の違いは?
生前贈与をはじめ、遺贈や死因贈与など特定の相続人に対する被相続人の行為は、特別受益になると解されます。
もっとも、生前贈与などの金額があまりに少ない場合は特別受益とは異なると解釈する考え方もあります。
しかし、何をもって少ないと言えるのかに関しては、比較対象が他の相続人となりますので、やはり厳密に定めることができません。
特別受益を受ける前に準備すること
特別受益を受けるために、特段の準備や法的な手続きは必要ありません。
特別受益を受けた相続人との相続割合の調整は、遺産分割協議の場で行います。
先述のとおり、特別受益を受けた相続人に対する遺産の分割割合は特別受益相当分について減らすことが民法第903条第2項でも定められていますが、特別受益に該当する相続人は被相続人から特別受益を受けとった事実を証明する客観的な証拠がなければ、特別受益を否定することもできてしまいます。
特別受益を受けた相続人が被相続人に対して領収書など発行しているわけもありませんから、証拠の収集は難航することが予想されます。
そもそも、特別受益の有無に関する論争にかぎらず、遺産分割の割合については民法第906条「遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする」にあるとおり、相続人同士で決めなくてはならないのです。
ここに特別受益の有無が争点として加わると、もともと相続人同士の環境や関係性などに起因し遺産分割協議がさらに複雑化することが予想されます。
したがって、特定の相続人に対する特別受益があることを立証して「持ち戻し」に合意するためには客観的な証拠が必要とされます。
のちの遺産分割協議の際に立証できるように、他の相続人が特別受益を受ける際には書類を残すこと、ご自身が特別受益を受けた場合は金額を証明できるように証拠を残すことがトラブル回避のポイントです。
相続時の特別受益の手続き方法
遺産分割協議がまとまらない場合
他の相続人が特別受益の持ち戻しを認めないため遺産分割協議が調わない場合は、民法第907条第2項「遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる」にあるとおり、家庭裁判所における調停または審判に移行することになります。
なお、遺産分割調停では離婚などの家事事件と異なり調停前置主義は採用されておらず、調停を経ずして審判や裁判に移行することも可能です(ただし、特別受益の持ち戻しを含む多くの遺産分割事案では、審判の前に調停を行っているのが現状です)。
また、特別受益相当分が自身の遺留分を侵害しているものと判断できる場合は、遺留分減殺請求(改正民法施行後は遺留分侵害額請求)を行うという選択肢もあります。
遺産分割協議がまとまった場合
遺産分割協議がまとまり、生前に被相続人から特別受益を受けていたため何も相続しないことに同意した相続人は、「特別受益証明書」や「相続がないことの証明書」などとよばれる書類を作成します。
この書面は記名押印した人、つまり特別受益を受けた相続人が「自分は被相続人から生前に本来の相続分を超える贈与などを受けたこと」「被相続人の相続財産について、自分が受け取る分はない」を証明する内容のもので、被相続人が遺した全ての相続財産について自身の相続割合が無いことを自ら証明するものです。
つまり、特定の資産について相続分がないことを証明できるものではありません。
この「特別受益証明書」や「相続がないことの証明書」などは、主に不動産の相続登記を行う際に遺産分割協議書に代えて法務局に提出します。
これらは遺産分割協議書の作成や家庭裁判所を経由した通常の相続放棄手続きと比べて簡単なことから、相続登記の際に必要となる遺産分割協議書の省略や相続放棄手続きの代わりとして用いられることがあります。
もっとも、「特別受益証明書」や「相続がないことの証明書」などは必ず作成しなければならないものではなく、他の相続人と合意ができるのであれば遺産分割協議書を作成することで事足ります。
まとめ
以上、特別受益の基本についてご説明しました。
特別受益の有無については相続人間で不明確な情報に基づいて議論されるケースが多いこともあり、それが遺産分割協議の争点になると長期的なトラブルへと発展します。
もし、そのような気配を感じたら、可能なかぎり早めに税理士や弁護士に相談しながら、客観的な事実のみを集めて早期解決に至る道を検討してください。